2016年3月28日月曜日

野の医者は笑う―心の治療とは何か(東畑開人)

臨床心理士の著者が、いわゆる怪しげな治療をするセラピストに次々と会う中で「心の治療とは何か?」という本質的な問いに向き合う学術的エッセイ

フィールドワークの真骨頂
 漆黒の眼で患者を見つめ、「ミルミルイッテンシューチュー」と唱えることでありとあらゆる病気を治すという謎の産婦人科医グシケン先生に始まり、沖縄のトンデモセラピスト(?)が次から次へと紹介される。

ただこの本の面白さは著者がそんなセラピストを鼻で笑うのではなく、そんな「トンデモ」セラピーでもよくなる人がいることを真剣に捉え、その事実を自らの専門領域である臨床心理に照らし返しながら、「心の治療とは何なのか?」を真剣に問い続けること。

いっけん意味のわからない他者の生から自らの生を問い直す著者の姿勢こそ、文化人類学的なフィールドワークの醍醐味で、それが著者のときどきの感情を交えながら、せきららにでも面白く記される。

フィールドワーク初心者の学生のテキストとしても使えるのではないかと思ったし、意味不明な日本人のあり方からアメリカ人のあり方を問い直した、ルース・ベネディクトの菊と刀 (講談社学術文庫)も想起させた。


研究者にしかわからないような難解な学術書にもできたはずなのに、それを誰にでも読めるようなエッセイ調に書き下し、自らも笑いのネタとして登場させてしまうところに、著者の謙虚で暖かな人柄が感じられる。

「こんなセラピストがいるの!?」という表層的に楽しむだけの読みもできるし、「治すとは何か?」「『正当』な医学とは何か?」といった本質的な問いに迫る読み方もできる良著。

いっけんよくわからないいかがわしいものと、いっけんよくわかって正しく見えるものは実はつながっている。

春休みの課題図書としてふさわしい一冊でした。


2016年3月7日月曜日

ぽっちゃりの私がスリムになった日

「からだのシューレ 一億総やせたい社会を見つめる文化人類学ワークショップ」開催に当たって


You are slim.

22歳の時にオレゴンに留学し、驚いたことはたくさんあったのですが、そのうちのひとつがこれでした。

親戚や周りの大人から「ぽっちゃりしているね」と言われて育った私は、たぶん中学くらいから、ご多分に漏れずいつもやせたい女子でした。吐いたり、下剤乱用をしたり、ずっと食べなかったりということはなかったけれど、その時の私の気持ちは、拒食や過食で苦しんでいる人に通じる部分があったと思います。

そのときは今みたいに「どうしてやせたいと思うのか?」なんて考えることもせず、 「やせること=いいこと・素敵なこと」という自動思考ができ上がっていました。熱いヤカンに手をぶつけたら、瞬間的に手を引くくらいの、反射といってもよいくらいに。


そして留学―

「やせている」なんて言葉は、「背が高いね」くらいに関係ない言葉だった私に(155cm)、「スリムだね」なんて言葉をかける人が現れたのです。しかも一人じゃなくて複数。

私はその言葉に、太陽が西から上るくらいの驚きを覚えました。
でも同時に、ぽっちゃりの人間が住む場所を変えるだけでスリムになることの気持ち悪さも感じました。

 「いったい私がこれまで育ってきた社会はなんだったんだろう?」
 「やせてるってなんなんだろう?」

当然のことながら私の心にはこんな疑問が湧いてきます。

  


そんなふわっとした疑問に言葉を与えてくれたが文化人類学でした。

人にとって身体とは何なのか?
人にとって外見とはなんなのか?

女性と美しさはなぜこんなにも結びつくのか?

そして、やせるとはなんなのか?

文化人類学が見せてくれた「身体」は、今までの私の専攻であった運動生理学では決して見せることのできない身体のありようでした。

もしもう少し早く文化人類学に出会っていたら、「社会がよしとする形と私の心がこうありたいと願う形がどこか決定的にずれている」という言葉すら思いつかなかった20代のあの頃の私は、もっと自分のことが好きだったんじゃないか。自分が思う「正しさ」を人間すべてにとっての正しさとして、100%の善意で押し付けてくる「社会人」達の言葉ももっとうまくやりすごせたんじゃないか。そう思います。

今月30日に「からだのシューレ~一億総やせたい社会を見つめる文化人類学ワークショップ」というイベントを開催することになりました。文化人類学の視点からやせたい気持ちとやせを礼賛する社会の仕組みを見つめるワークショップです。

ですが、こういうイベントを開催することにためらいがあったことも事実で、またそのためらいは今も消えません。

こうやったら生きるのが楽になるとか、こうやったらもっと幸せとか、こういう風に考えるのが正しいとか、そういうことの答えはひとりひとりにしかないはずで、そんなこと私にはとても言えないと思っています。でも一方でこのワークショップは明らかにそういう要素をはらんでおり、その点でこのワークショップは矛盾しているのです。

そういう矛盾があるにもかかわらず開催に踏み切ったのは、これまで文化人類学を授業を持ち、そして本を発刊する中で、文化人類学の世界の見方に目を開かれたと言ってくれる人が、何気なく過ごしてきた日常が前よりも楽しくなったといってくれる人が、少なくはない人数で存在し、そういう人たちが私の活動を応援してくれたからです。

今回のワークショップ「からだのシューレ」というタイトルは、一緒に主催する林さんが考えてくれました。

シューレ」とはドイツ語で学校、古代ギリシャ語で「精神を自由に使う」という意味があるそうです。特に後者の意味は、文化人類学という学問が目指すところとも合致するので、考えてくださった林さんにもとても感謝しています。

小学生からやせたいと思う社会。
そんな子どもたちに向けてダイエット特集が組まれる社会。
思春期で身体が成長するその時に、自分はもっとやせないといけないと思わせる社会

そして、それをふつうのことと思う社会。

私はなんか変だと思う。

文化人類学というツールを使うことで、参加してくださる皆さんが、自分と自分をとりかこむ社会の間にスキマを作ることができ、そのスキマに、自分の身体を心地よく感じるための風が吹けばと願っています。

興味ある方はお気軽にご参加下さい。

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「からだのシューレ 一億総やせたい社会を見つめる文化人類学ワークショップ」

日本では若年女性のやせすぎが10年以上前から問題視される一方、BMI 18.5以下のやせすぎ女性がメディアにはあふれています。「あなたの身体はもっとよくなる」「あなたはもっときれいになれる」というメッセージを浴びせ 続ける現代社会。若い女性たちは自分のそのままの身体を受け入れることが難しい社会の中で生きています。やせることと幸せはどうしてこうも結びつくので しょうか?文化人類学の視点からやせたい気持ちとやせを礼賛する社会の仕組みを見つめます。あなたのやせたい気持ちが少しでもラクになりますように。


○開催日時
2016年3月30日(水)19:00〜20:50 

○会場
東京ウィメンズプラザ(2階・第二会議室A)
東京都渋谷区神宮前5-53-67 
JR・東急東横線・京王井の頭線・東京メトロ副都心線 渋谷駅 宮益坂口から徒歩12分
東京メトロ銀座線・半蔵門線・千代田線 表参道駅 B2出口から徒歩7分
都バス(渋88系統) 渋谷駅から2つ目(4分)青山学院前バス停から徒歩2分
http://www1.tokyo-womens-plaza.metro.tokyo.jp/

○司会進行
磯野真穂(文化人類学者/国際医療福祉大学員講師)
【HP】http://www.anthropology.sakura.ne.jp/
『なぜふつうに食べられないのか~拒食と過食の文化人類学~』
春秋社 http://amzn.to/1KYRJqJ

林利香(EAT119 摂食障害の予防と啓発/企画・編集・執筆)
【HP】http://www.eat119.com

○対象
体重や体型にとらわれることがあると感じる方
やせたい気持ちと現代社会との関係について関心がある方

○参加費
1000円
(資料代を含む 当日お支払いただきます・恐れ入りますが、つり銭のないようにご用意ください)

○注意事項
本ワークショップは文化人類学という学問の視点から身体との関係性を探るのが目的です。
痩身や摂食障害の治療を目的とする心理療法やセルフヘルプグループとは異なりますので
あらかじめご注意ください。

○お申込み&お問い合わせ
https://ssl.kokucheese.com/event/entry/379756/